11 永明地区の近・現代(その2)

今回は『郡村誌』の中から、物産関係の記録を紹介してみることにする。同書によると本地区の明治10年現在の物産としては、を中心にして、大小麦、大小豆、まゆ、生糸、木綿などが主なものであった。

それぞれの地区について、各物産の生産額、質の良否が記されているので、明治初年の本地区の産業の一端を知ることが出来るといえよう。当時の民業としては「男ハ皆田畑ヲタガヤス、女ハ皆養蚕生糸綿ヲ製スヲ業トス」(東上野の項)とあるが、米麦養蚕を主とする純農村としての面影をしのぶことが出来る。

つぎにこの記録の中から、特に目立った内容を取りだしてみることにする。

梨    天川大島(三千六貫)
たばこ  上大島(十八貫)
大豆   上大島(四十ニ石)、野中(四十五石)、下長磯(五十五石五升)、女屋(最質美、三十六石四斗)
木綿   上大島(六十貫)、女屋(質最好、四十二貫八百)
鶏    女屋(百三十五羽、卵六千七百五十)

下長磯の米は「質美」とある。このほかにそばの記録があるのが、天川大島、上大島、女屋、下長磯、小島田(質好し)である。

畜産関係では、牛は一頭もいなかったようであが、馬は駒形以外には記録されている。
天川大島 17頭、上大島 30頭、野中 27頭、女屋 20頭、上長磯 33頭、下長磯 32頭、小島田25頭、東上野 13頭で、いずれもオス馬であった。この他に、女屋に製糸場があり、桃木川の端にあって水車を使っていたことが記されている。

                      (『農協えいめい』1972.5.20 24号)

No.10 永明地区の近・現代(その1)
No.12 永明地区の近・現代(その3)

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